伝えたいこと。伝えてほしいこと。

人生をかけて幸せにしたい人がいます。たくさんの愛をくれたあの人にどうしても伝えたいことがあります。またいつか出会う日までの日々を書き続ける、そんなブログ。

感謝と敬意を込めて

またまたお風呂の帰り道


そもそもお風呂の帰り道というのは
近くにある温泉のことで
数年前、ある日突然温泉が湧き
住民は月額でお金を払えば入り放題
パジャマ、タオル、シャンプー類を各自持参し
毎日夕方頃になると歩いて温泉へと向かうのが日常なのです

泉質もよく、なんてったってシャワー出し放題
家にお風呂場はあるけどもはやお風呂としては全く機能しないほど物で埋まっています

この辺は温泉地でたくさんの温泉が湧いてるけれども、こんなに身近に温泉を感じれる地域もなかなかないでしょうね
すごいね





そんなお風呂の帰り道
母と長女はまだ浸かるというので
先に祖母と帰ることにしました
シャンプー類の入ったカゴを「私が持つよ」というと
「よかよか」
といつものごとくかわされるので
「よかよか」
と祖母の手からカゴをとりました

だんだんわかってきました、ばーちゃんの法則
ちょっと強引にいけばいいのです
洗濯を干す時は、ばーちゃんのやり方があるのでそっとしておいて
取り込む時だけ手伝うようにする
ご飯と玉ねぎを剥くときはばーちゃんで
その他材料を切るときは手伝う
あと、豆腐は味噌を溶いた後に入れる
玉ねぎの上から豚肉バーンと入れて蓋をして蒸すように焼くやり方に、黙って微笑む
うん、そんな感じ



カゴをひったくった私に
「重たかろ?」と祖母が聞くので
「33歳やで」と返します

祖母は笑って
「50も違うけんね」
というと、私よりもまだ50年も生きてきたのねばーちゃん…
とちょっと絶望しました


いや、だってね、ナガイッス
すごいナガイッス
おばあちゃんにはもっともっと長生きしてて欲しいなと思うけど、自分に対しては勘弁してくださいと思うのが正直な感想です
あと50年はいらないっス





「そうか、50もちゃうんやな。」








ここへは年に3回ほど遊びに来ていました
夏休み、冬休み、春休み
欠かさず父は家族を毎年ここへ連れて来てくれました

ここへ来るのはいつも特別で、毎回楽しみで仕方ありませんでした
家族4人車に乗って、まだ陽も出てないうちから、おにぎりやお菓子、飲み物を車に積み
来る時はいつもお気に入りの服を選んでそれを着ました
休憩を挟みつつ、10時間ほどかけて高速を走り、車で暇をつぶす本とかノートとかを自分のリュックにつめて
車から、同じような景色を眺めては
「今どこ?」と聞き
流れる車を目で追いながら、一台、二台…と数えては
「今どこ?」と聞き
おにぎりを食べ、マンガを読み、ジュースを飲んでは
「今どこ?」と聞きました

工場の煙が煙突からモクモクと出て行く様子を見て
「あ、これが雲になるんだ」
と思っていました

少しずつ見たことがある景色になると
もうすぐ着くんだ!とそわそわしました

着いてからは、あと何日ここにいれると数えながら、惜しむように過ごし
いざ帰る日になると悲しくてたまりませんでした


そんなワクワクでいっぱいだった母の実家
今はワクワク感ゼロでいます
不思議ですね人生は




話はお風呂の帰り道に戻ります

「おばあちゃんは幾つの時にお母さん産んだん?」と、私は聞きました
お風呂上がりの爽やかな気分と夕日がそうさせたのか、いろいろと聞きたくなったからです



「ばーちゃんがね、22の時たい」

祖母は続けていいました

「あの頃はね、日本が貧乏な時だったもんね。ばーちゃんとじーちゃんと、年寄りばーちゃんと3人で暮らしとったよ」

年寄りばーちゃんとは、祖父の母で
私のひいおばあちゃんにあたります
呼び方が実に切ない

「年寄りばーちゃんもね、苦労しとったとよ。じーちゃんは兄弟が6人おるけんね。
33歳で女手一つ、6人育てらしたとよ。
あんたとちょうどおんなじ年たい」

「…ひいおじいちゃんは?」

「病気で亡くなったんやったかね。それからずっと一人で子どもば育ててきたとよ。お金も仕事もない時代だけんね、子どもを背負って畑仕事やらしとったんやろね」



年寄りばーちゃんはマツメさんといいます
私の知ってるマツメばーちゃんは、本当に年寄りで、腰が90度に曲がっていつも押しぐるまを押していました
私を呼ぶときは大きな声で
「ナァミちゃーーん!」怒ったように叫ぶので、ずっと怖いおばあちゃんだと思っていました






私は思いました



「…完敗です!\(^o^)/」







もう敵いません。
マツメばーちゃんがどれだけ大変だったか、どれだけ辛かったか、どれだけ寂しかったか、どれだけ不安だったか

さらにマツメばーちゃんは確か95歳ぐらいまで生きてたはず
いや、生きてらっしゃったはず!
もう全て勝てません
たまらん
98まで?33歳から?65年間?長くね?


「だからナミちゃんも頑張らにゃいかんよ」




ごもっともです

頑張らにゃいけんとです





今日は次男の月命日

次男が安心してあの世で暮らせるよう
お供えして仏壇に手を合わせようと思います



そして、マツメばーちゃんに
感謝と敬意を込めて










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今度、味噌汁溶く前に豆腐を入れてもう一回おばあちゃんに怒られてみます

嘘です
めっちゃ怒られるんで


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